このブログを検索

2022年1月15日土曜日

豊かな日本より自由な南米を選んだ日系人

 今から100年以上も前、大勢の日本人が南米諸国に移住した。理由は「出稼ぎ」である。昔の日本は現代とは比べものにならないほど貧しい国で、海外に出稼ぎするのが一番手っ取り早く儲けられる時代だったのである。現地で差別を受けながらも働き者の日本人は着々とお金を稼いでいった。日本に帰国することを考えた者もいたが戦争がその選択を妨げた。さらにほとんどが日本の文化や風習に疑問を抱くようになり、日本的習慣を捨てて現地と完全に同化する道を選んだのである。彼らの子孫は「日系人」と呼ばれた。

それから数十年後、日本は経済大国と呼ばれるほどに発展していた。業界の人手不足が社会問題になると海外の「日系人」を労働者として招くという対策を取るようになった。海外に住む日系人たちは経済的にそこそこの生活を送っていたが、富豪になったわけでは無い。なので経済大国の日本で稼げるということにかなり期待を寄せていた。

・・・・・・・・・が、来日した日系人たちは失望したのである。日本がゴミ国家であることに!!

日本は外観的には経済大国だが時代遅れな習慣があまりにも多い。途上国でも見られないような風習も存在する。長時間労働・上下関係・男女格差・理不尽な規則・差別・いじめ・・・・・・先進国なのにこれほど社会制度が遅れてる国は例が無い。最も日系人を落胆させたのは日本の差別問題だろう。いくら日本人の血が流れてるとはいえ、日本人にとって日系人は「よそ者」である。日本で生まれた日系人も「外人」で一括りされる。学校でも会社でも同等に扱われない、好きな店に入れない、犯罪では真っ先に疑われる・・・・・・日本人がやりたがらない3Kの仕事を背負った見返りがこれでは誰だって絶望するだろう。日本に住む唯一の利点は金を稼げることだけである。一応、豊かに暮らすことはできるのだ。が・・・・・それだけで幸せになれるかと聞けば誰もが首を傾げるだろう。日本は「暮らしやすい国」ではあるが「生きやすい国」では無いのだ。

ほとんどの日系人は1年足らずに母国に帰国してしまう。確かにお金は生きる上で大事だ、だがそれよりもっと大事なことがある。すなわち、「自由」である。日系人たちは「豊かな」日本より「自由」な南米で生きることを選ぶのだ。日本が豊かだろうがそうでなかろうが、彼らにとって日本は「時代遅れな規則だらけの息苦しい国」に過ぎない。日系人に反日が多いのもそれが理由である。え?日本は安全だから生きやすいだって?

バカ者!!安全な町なんてどの国にも存在する!!あのアメリカですら地域によっては東京以上に安全な町が存在する!!南米も然り!!

日本人はすぐに治安の良さを武器にするがそんなもんこの世では珍しいものでも無いということを自覚するべきであろう。経済ばかり追求する日本人は欧米だけに目が行きがちだが、最近は南米に注目してる人も増えてる。お金持ちじゃなくても自由に生きていける地域だからである。信じられないかもしれないが、ホームレスになってまで南米で生きることを決めた日本人の特集を見たことがある。その人曰く日本では金があっても愛も幸せも感じられない、ここでは貧乏でも社会の繋がりを感じられる。

日本でゴミみたいな人生を送っている諸君らに告ぐ:

南米に移住して幸せになろう!!

2021年12月23日木曜日

なぜ日本の大学生は勉強しないのか

 日本の大学では授業中の居眠りは珍しい光景ではない。もちろん海外にも同様の輩は一定数存在する。しかし日本の大学生は勉強する気というものがほとんど感じられない。嫌々感が半端ない。なぜなのか?勉強嫌いなのになぜ高い学費を払ってまで入学したのか?答えは前回の記事で説明した通り、日本の教育がゴミだからである!!だから大学生もゴミ化するのである!!日本の大学生のほとんどが自分の意志ではなく同調圧力に押されて入学しただけである。

日本ではなるべく周りと同じがいいという思想がある。すなわち集団主義だ。クラスには同年齢の生徒が在籍するべきで、学力も出来るだけ平均にする。勉強が出来ようができまいが関係ない。皆同じにすればいいのだ。大学はどうするかって?取り合えず合格できそうなのに受かればいい、肝心なのは高校卒業後に大学に受かるかどうかなのだ。これが日本教育の考え方なのである。学生の興味分野や能力など大した問題ではないのだ。「出来るだけ皆と同じ時期に入学し、同じ時期に卒業するのが大事」。本当にやりたいことなどわからないまま学生時代を終えるのが日本大学生なのである。だからやる気が起きない。大学の授業なんて退屈過ぎて眠気がさすのである。でも辞める気にもなれない。周りの目が怖いから。大学辞めて人生に失敗したら「負け組」のレッテルを張られるのに怯えているから。だから嫌々大学に行くのである。挙句の果てに日本の大学は学費まで高いのが難点。奨学金制度も不十分でよほど金銭的に余裕がないと学生生活は地獄そのものである。バイトしてる学生も多く、勉強する暇が中々取れない者も多い。実に哀れな学生たちである。日本じゃなかったらこんな苦労しなくてもいいのに。

とにかく。この国の同調圧力とバカ高い学費を何とかしない限り、学習意欲のある大学生が現れることは難しいだろう。

2021年11月28日日曜日

日本の教育は「ゴミ」である!!

 未だに日本の教育を素晴らしいと称賛するバカが一定数存在する。確かに‘‘暗記力‘‘で言えば日本の学生は世界でもトップだと言えるだろう。だが肝心の‘‘思考力‘‘と‘‘行動力‘‘が日本の学生には足りないのだ!!

日本の学校は生徒を指導せず、マインドコントロールしてるだけである。制服、髪型、靴下、思考、すべてを一色に統一し、ひたすら暗記させてるだけである。そうすることで支配を簡略化し、問題を起きにくくするのである。しかし人間は機械ではない。必ず特徴の異なる生徒が現れる。日本は例外をほとんど認めず、何が何でも生徒に‘‘我慢‘‘を強いる。それがストレスの原因となりいじめや奇怪行動の源となる。日本がいじめ対策できないのもルールに従順なせいで予想外のことまで頭が回らないためである。決められたレールの上でしか歩けないように洗脳するのが日本型指導。感情の無いロボット、それが日本人にふさわしい呼称である。日本人からしたら普通のことかもしれんが、外国人にはその光景はおぞましく不気味にしか見えないのである。だから日本在住の外国人やハーフはインターナショナルスクール(国際学校)に通うことが多い。日本人でも国際学校を望む生徒が一定数存在しており、最大の理由は「自立心が芽生えるため」である。日本学校を卒業した者は大人になっても機械みたいな思考をしてる者が多い。要するに自我が感じられない。だから過労死寸前まで働いてしまうのだろう。辞職すればいい、という選択肢が浮かんでこないのだ。ロボットだから。つまり日本の学校は大量ロボット生産工場、と言っても過言ではない。気づかないうちに国民に強力な催眠を掛けてる恐ろしい国である。

とにかく。この国の教育の異常を指摘する者が増えない限り、これからもマインドコントロールみたいな教育を続け、ロボットのような行動を行う者も減らないだろう。

2021年11月14日日曜日

なぜ日本には覗き・盗撮が多いのか

 日本だけとは言わないが、日本にはあまりにも覗きや盗撮の被害が多い。そのせいで男性恐怖症になったり引きこもり気味になってしまう女性が日本には多い。なぜなのか?なぜ日本には覗きや盗撮が多いのか?この問題の原因は日本人にあるのではなく、日本の人間関係のルールにあったのだ。

日本には「本音と建て前」という習慣が存在するのはご存じだろう。赤の他人の前ではなるべく控えめに、そして一定の距離を保ちながら関係を持つのが日本の礼儀。だから日本人は態度の表裏が激しくなる(家族、友人、先輩、部下、それぞれに違う接し方をしなければいけない)。年齢を重ねるほど本音で語り合える知り合いが極端に少なるのが日本社会の特徴である。つまり寂しくなるのである。特に男女の間は複雑で素のまま話せるのは家族でも難しい。日本では性別に基づくしきたりが多く、男性はコミュニケーションが苦手な人が多い。なので別の方法で相手の本性を知りたくなる。つまり覗き・盗撮の目的は必ずしも裸体を目にすることではなく、本来の女性の性格を観察したいという願望も含まれてる。それが日本に覗き・盗撮が多い理由である。
日本の‘‘性的モノ化‘‘文化も影響してると思われる(エロアニメやエロ漫画など)。露出度の高い服装を着る女性をエロいと批判する傾向が日本ではまだ根強い。日本では「女性が裸を見られるのは恥」という思想を幼少時から頭に植え付けてる。もちろん海外でも似たような考えを持つ者もいるが日本ほど肌の露出を大げさに訴える者は先進国では少ない。欧米などでは裸を「エロい」というより「自然な姿」で捉える傾向が強い。つまりエロいかではなく美しいかどうか、が基準なのである。裸を見ただけで異常に性的興奮する外国人は日本人より少ない。
賢い方はもうおわかりだろう。つまり日本社会独特の雰囲気が盗撮などの変態意欲を刺激しているのである。露出度が高いのは恥という途上国並みに遅れた思想が日本の盗撮被害を減らないものにしている。
とにかく。日本の表裏ある人間関係と激しい男女格差を無くさない限り、これからも日本で覗きや盗撮を行うものは減らないだろう。

2021年11月2日火曜日

差別と区別の違いが分からない日本人

 日本人が日本に差別は少ないと勘違いしてるのはいろいろな理由があるが、その一つに「差別」と「区別」の意味を理解してない日本人が多いからである。「差別」と「区別」は違う意味なのだが海外では差別と判定されることでも日本では「区別」と言い訳して誤魔化すのである。いや、正確には誤魔化すというより勘違いをしているのかもしれない。日本国民は幼いころから何もかも区別するように教育されているからである。本来「区別」というのはそれぞれに対応した扱いが必要な場合に行われるのだが明らかにその必要が無い時に行われた場合、それは「差別」なのである。例えば‘‘外国人‘‘というだけで入店禁止にする、男性という理由だけで大仕事を任されるなど外国人からしたら立派な差別だが日本人のほとんどは全くそれに気づいていない。なぜならそれが「正しい」と教えられてきたためである(洗脳されてる)。日本に未だ存在している度を超えた上下関係、男女格差、派遣制度、外見差別などはなんでも区別することが正しいという糞みたいな思想のせいで問題は中々収束に繋がらないといっていいだろう。

これだけ差別が横行してるのになぜ被害者は何も訴えないのか?おそらく被害者たちも自分に責任があると洗脳されてるのだろう。日本のマインドコントロールのような教育が生み出した結果である。さらに日本には外国人の数が他国に比べ少ない。なので当然差別の数も統計で見ると少なく見え、たとえ差別を訴えたとしてもその声が国全体に届くことはないだろう。外国人が少ないからテロを実行する連中も少ない。さらに日本人の差別は海外と比べて目立たないものが多いため(暴力を振るうのではなく小さい声で悪口言ったり、態度を変える等)、周りに注目を浴びることも少ない。だから日本には差別が少ないと勘違いしている人が多いのである。
とにかく。なんでも分けるべきというこの思想を無くさない限り日本の差別が減ることもないだろう。日本は外国人どころか、ハーフや日系人、挙句の果てに帰国子女まで差別するというとんでもない差別国家。国民には「誰であろうと人間」という思想を植え付ける必要があるが、現在この国を仕切っている頭の固い老人共が変わるか死なない限りそれは難しいだろう。

2021年10月3日日曜日

日本が「いい国」に見えてしまう原因

 問題だらけのゴミ国家であるにも拘わらず、日本を「いい国」と勘違いしてる人はかなり多い。外国人でも同意見の人が少数だが存在する。なぜなのか?なぜ彼らは日本をいい国と勘違いしてしまうのか?実は日本が「いい国」に見えてしまう‘‘カラクリ‘‘が存在するのだ。

日本の道路は綺麗だ。ゴミ一つ落ちていることさえ稀。戦争やテロ、凶悪殺人事件も滅多に起こらない。コンビニに行けば何でも買える。公園の水道ではきれいな水がいつでも飲める。交通機関が遅れることもほぼ無し。国民もオシャレやメイクに力を入れて清潔な外見で生活を送る・・・・・・・・なんと!どう見ても完璧な国にしか見えない!日本は‘‘表面的‘‘な所だけを見れば欠点が無い国に見えるのだ。つまりこの国は見た目だけはいいのだ。そう、あくまで‘‘見た目‘‘だけの話・・・・・肝心の中身が‘‘糞‘‘なのである、この国は!!

日本の社会問題は海外と違って暴力的なものは少なく、一見には平和なイメージが目立つ。だが問題はそこなのだ。暴力の代わりに陰湿なものが多いから注意を引かない。だから欠点が認知されにくい。それが日本を「いい国」に見えてしまう原因だったのである。日本と海外、両方に詳しい者だけが気づくだろう、いかにこの国が‘‘ゴミ国家‘‘であるかを・・・・

さらに日本は空気を読むという独特な習慣があり、問題があっても場の雰囲気によってはそれを口にしないのが最善だという思想がある。だから問題が少なく見えるのだ。もちろん日本以外にもそういう習性がある国はたくさん存在する。だが日本はやりすぎなのだ。もう隠しきれない程この国はいろんな不正を隠蔽してきた。だから最近になってバレてきたのである。ついにこの時が来たのである。日本の見えない真実を明白にする時が!!

2021年9月2日木曜日

なぜ日本人はオシャレにこだわるのか

 日本人は美への執着が非常に強く、特に女性はほぼ毎日メイクしてる。ちょっとした外出でも服装にかなり気を使う。なぜなのか?なぜ日本人はここまでオシャレするのか?そんなに不細工に見られるのが怖いのか?それもあるかもしれんが一番の要因は日本人が「感情を表す」のが苦手な民族だからである。

日本人の性格というと何を思い浮かべるか?日本人と言えば「表向きは礼儀正しいけど、裏では非常に陰湿で集団じゃないと何もできない臆病者が多く、自分より格下の者を奴隷扱いし、逆に目上の者には頭をぺこぺこ下げ、言いたいことをはっきり言わず、いつも愛想笑いで誤魔化してその場しのぎするヘタレな民族」と考える人が大半であろう。要するに日本人は自分の気持ちを表現しにくいのである。それとオシャレに何の関係があるかって?

大ありなのだ!!

言葉や行動で気持ちを伝えられないから‘‘見た目‘‘で相手の気を引こうとするのである。つまり悟ってもらおうとするのである。だから相手の身なりで真面目か不真面目か、すべてを決めつけようとする。日本人にとってオシャレはもはや‘‘言語‘‘なのだ。コミュニケーション能力が低い日本人にとってオシャレは気持ちを表す手段の一つと言ってよい。上半身裸の男性や露出度の高い女性が変な目で見られるのも何か勘違いをしてるのだろう。道理で混浴のマナーが悪く、ヌーディストビーチが許可されないわけである。外国人に恋した日本人の大半は相手の着こなしではなく愛情豊な行動に惚れたのである。オシャレした日本人はすっぽんぽんの外国人にすら勝てないと言っても過言ではない。なぜ日本人はこんな情けない民族になったのか?少なくとも日本の人間関係のルールが原因なのは間違いにだろう。

とにかく。この国のコミュニケーションを軽易なものにしない限り、日本人がすっぴんで語り合える日は遠いだろう。