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2023年3月30日木曜日

変態大国、日本

日本は世界一の変態国家と呼ばれても過言ではない。この国ほど性産業が発達してる国は中国や韓国くらいだ。規模で言ったら隣国すら超えているだろう。なぜか?なぜ日本にはこんなに変態が多いのか?実は日本に住むと誰でも変態になってしまうからくりが存在するのである。

日本は世界一セックスレス夫婦が多い国だということをご存知だろうか?国は性産業で溢れているにも拘わらず、夫婦の性生活は皆無なのが日本の現状なのである。正確には性生活が無いから性産業が発展するのだろう。性欲は人間としてごく普通の欲求。どこかで欲求を満たさなければ生活に支障が出る。パートナーに向けられない性欲を外で発散するのが日本人である。ではなぜセックスレスの夫婦が日本には多いのか?それは日本人が愛でパートナーを選ばないことに起因している。日本は気持ちより「役割」を重視する傾向が強い。愛よりも経済力と家事力を優先する。女性は愛されてる実感が無いと性欲が湧かない。男も「母親」みたいな口うるさい女房に興奮出来ない。ていうか仕事で疲れてそれどころでは無い。よってセックスレスになるのである。しかし性欲が消えるわけでは無い。だから変態行為に走るのである。

勘違いしてる人も多いが必ずしも「変態」=「性欲が強い」訳ではない。性犯罪を行ってる者の大半は性欲の弱い人間だったりする。ではなぜ性犯罪に走るのか?ほとんどの場合、単なるストレス発散が目的なのである。つまり日本人は変態行為でしかスッキリ出来ないほどにストレスが溜まってるのである。殺人のような目立ちやすい犯罪は避けてこっそり出来る性犯罪で快楽を得るとは日本人らしい考え方である。

日本人の変態行為にさらに拍車を掛けてるのが遅れた性教育である。日本では幼いころから裸は恥ずかしいもの、隠すべきものという意識を根強く植えつけられる。男子生徒の中には女体の仕組みを正しく理解出来てない者も多い。その思想が反って異性の体への好奇心を刺激している。露出が多い服装やヌーディストビーチに否定的なのも女性が肌を晒すのは恥だという認識が広まっているためである。マンガでも女性キャラが全裸では無いのに肌の露出を羞じる場面が多い。それが理想の女性の態度だと日本人は誤信しているのである。痴漢覗き、盗撮下着泥棒と言った性犯罪の多発や混浴のマナーが悪いのも女性の裸体を特別なものと勘違いしているためだ。日本人が思ってるほどエロくないにも拘わらず。

とにかく。この国の恋愛観や性教育、裸体への認識を改めない限り、日本はこれからも変態大国のままであろう。下のような画像で自慰をする者は立派な変態だ。今すぐ性生活を見直すことをお勧めする。先ずはオナ禁だ!!

2023年2月27日月曜日

綺麗事ばかり言う日本人

「がんばれば日本は絶対良くなる」、「日本にはまだまだ希望がある」、「日本人は真面目な民族」など、綺麗事言う人が絶えない日本。前向きになりたいとは言え、綺麗事だけでは社会を変えられないのはほとんどの人が気づいているはず。なぜ日本人は綺麗事ばかり言うのか?それは日本人が建前を気にすることと変化を恐れる民族であることと関係している。

日本には本音と建て前という文化がある。本音では相手に反感を抱いても表面上は友好的に接するという日本独自のマナーである。日本人はイメージを非常に気にする民族であり、印象が悪くなるのを恐れなるべく好印象を持たせるために必死に努力している。だから相手の真意が分かりにくい。空気を読むという習性があるのも悪印象を与えずに相手の意図を察するためだろう。だから表向きは綺麗事だけになるのである。そうすれば誤魔化せると思っている。本当は皆、気づいてるはずである。綺麗事に意味など無いということに。しかし日本の建て前文化が本音を引き出すことを許さない。国民は今日も仮面をつけて綺麗事を並べるのである。道理で日本が息苦しい訳である。ストレス社会と呼ばれるのも納得がいく。裏では陰湿ないじめや嫌がらせが多い現状も綺麗ごとに意味は無いという証拠だ。にも拘わらず日本人の言動や仕草が昔から変わらないのは日本国民が変化を嫌う民族だからである。伝統を守るとは聞こえは良いが、ただの進化しない社会に過ぎない。無駄な習慣や行動は捨てるべきである。

とにかく。本音と建て前という文化を無くさない限り、綺麗ごとで誤魔化そうとする日本人は減らないしこの国の息苦しさは消えないだろう。綺麗事を並べるよりもっと本質的なことに注目し大胆な対策を取るのが日本のためだろう。この世を生き易くするためにも日本文化は捨てるべき。

2023年1月26日木曜日

なぜ日本の少子化は止まらないのか

 2022年の出生数が戦後最低を記録してしまった日本。少子化は世界中で進んでいる現象だが、日本の少子化は他の先進国と比べても深刻である。日本より少子化が進んでいる国はアジアの先進国くらいだけである。なぜなのか?なぜ日本の少子化は止まらないのか?男女格差や長時間労働が原因だと指摘する者が多い。あながち嘘ではないが、それ以上に重大な問題がある。日本人が家族を作る"メリット"がほとんど無いのである。

そもそも子供を産むメリットは何か?子と触れ合うため?老後の面倒を見てもらうため?誰かに自慢するため?多忙であるこの時代に子供とのんびり触れ合う時間など無いし、核家族化の影響で老後の面倒なんて期待できないし、そもそも子供が立派に育つ保障が無い。家族の最大の利点である"共存"がそもそも日本では皆無。ろくに口を利かない家庭も多い。つまり日本では家族の有無関係なく孤独になることが多いのである。「なぜ日本の漫画には主人公の親が存在しないのか」で説明した通り、日本人は親子の愛情が非常に薄い。親は勉学と社会地位のみを子に期待し、子は遺産のみを親に期待する。要するにギブアンドテイクである。これが日本人親子の実態である。安定した生活などこの不況の時代に期待できるはずがない。愛情や幸せとは無縁の日本人が子を作るメリットが存在しないのだ。だから少子化は進むのである。ちょっとやそっとの対策を講じた所で止まるはずが無い。

とにかく。国民の人生観を変えない限り、少子化が止まることは無いだろう。むしろこのまま純粋な日本人が絶滅して移民を受け入れたほうが日本のためかもしれない。

2022年12月31日土曜日

日本人がゴミ拾いする本当の理由

 FIFAワールドカップで試合後に日本人サポーターがゴミ拾いを行ってることが海外で称賛され、次々とゴミ拾いに参加する外国人が続出した。この光景は日本のニュースでも取り上げられ、「さすが日本人」と思った方も多いだろう。確かにゴミ拾いは礼儀正しい行為だ。しかし日本人が積極的にゴミ拾いを行うのは別の意図があるからだ。

日本人は"和"を重んじる民族である。何事にも統率が取れていることを重大視する。要するに決まった行動を強制する国民性なのである。ほとんどの日本人は別にゴミ拾いに参加したいわけでは無い。参加しなければ周囲から"批判的"な目で見られるから嫌々ゴミ拾いに協力するのである。集団と違う行動を取った者は統率を乱す者というレッテルを張るのが日本社会なのである。少しでも日本の評価を上げるためにゴミ拾い参加を強制するとはいかにも日本人らしい思考である。そこまでして国のイメージが大事なのか?そんなに「日本って素晴らしい」と思われたいのか?その光景は逆に哀れでしかない。他人の目を気にする民族であることは前々から知られていたが、他国からの評価をここまで気にするとはもはや異常としか言いようがない。外国人も馬鹿な人ばかりではないから賢い奴は気づいてる、日本人が実は陰湿な民族であることを。道端で誰か倒れていてもスルーするのが日本人の本性である。ゴミ拾い如きで世界中が尊敬すると思ったら大間違い。ほとんどの外国人の感想は「へぇー、日本人はゴミ拾いに積極的なのか。僕も出来るだけ努力してみるよ」くらいでしかない。ワールドカップという世界的大イベントを利用して株上げを狙っても無駄なのである。日本人が思ってるほど世界は単純ではないのだ。

とにかく。ゴミ拾いより差別やいじめ、性犯罪と言った内的な社会問題ともっと積極的に向き合ってほしいものである。この国は見た目ばかりを気にしすぎる。



2022年12月3日土曜日

サッカー如きで舞い上がるな!!

2022FIFAワールドカップで日本が強豪ドイツとスペインに勝利し、Eグループ一位で決勝トーナメント進出。日本メディアはその話題でもちきりである。まるで日本全国がサッカーに熱中してるかのような雰囲気である。サッカー如きで舞い上がってる日本人に告ぐ:

馬鹿者!!目を覚ませー!!

日本代表がワールドカップで優勝しても日本がゴミ国家であることに変わりはない!!そもそもまだ準決勝にすらたどり着いてないだろ!!それ以前にコスタリカ戦で負けた時点で日本に優勝する実力が無いのは明白である。弱体化した強豪にまぐれで勝っただけで浮かれてる姿は正に間抜けである。あとでボコボコに負ける姿が目に浮かぶ。それを馬鹿みたいに号泣する国民が続出する。そんなものに熱中してる暇があるなら真剣に日本の社会問題と向き合ったらどうだと叱ってやりたい。ワールドカップで優勝しても日本のクソみたいな現実は変わらないし、むしろ悪化する可能性がある。日本人は馬鹿が多いので日本優勝=僕たち日本人もすごい、と勘違いする輩が多いのである。日本人は全然すごくないし、むしろ他民族より劣っていると言っていい。多様性や幸福を大切にしない時点で人間として終わっている民族である。そんな国がワールドカップで優勝したら余計調子に乗るに違いない。母国の欠点を認めない者が続出してますますゴミ国家になるのがオチである。そんなことにならないためにも是非日本代表には負けてもらいたい。賢い方は日本ではなく対戦相手を応援するべき。すべては国民の濁った目を覚ますためである。ゴミ国家日本は優勝どころかワールドカップに出場する権利すら無い!!サッカーではなく社会制度で国民を幸福にするべき!!サッカーなど所詮、アニメと同じく現実逃避の道具でしか無い!!目を覚ませ日本人!!

2022年11月11日金曜日

なぜ日本人は体罰を正当化するのか

 ある調査では日本人の4割が体罰を容認しているという結果が出ている。日本人は取り合えず力で生徒をねじ伏せれば善人になると信じ込んでるらしい。確かに悪ガキにはそれなりの処罰は受けるべきだが、成敗するだけでそいつは変わるだろうか?そもそもなぜ悪人になっただろうか?生まれた時から悪だったのか?昔悪人だった者ならわかるだろう。悪を行う本当の理由は過信からではなく、「寂しさ」、「孤独」、「承認欲求」から来るものだと。

日本人はとにかくスキルが高い人を過大評価する傾向がある。成績のいい人、運動ができる人、喧嘩が強い人、生産率が高い人、トーク力が高い人。別に突出した能力が無くても平均値ならまだ問題ない。一番の問題は平均以下のスキルの人たちである。彼らは「馬鹿者」「無能」呼ばわりされ、社会から批判を浴び続ける人生を送ることになる。しかしどんなに無能だろうと同じ人間。承認欲求は存在する。無能でも暖かく迎える人も存在するが日本では非常に少ない。日本人は「能力」だけで人間性を見るのである。誰にも認められない場合はどうすればいいのか?悪を行うことで周りに自分の存在を認めさせようとするのである。周囲が自分を恐れてるというだけで認めてもらった気になっているのである。「もし自分より強い奴が表れてもその時だけ従順なフリをすればいい、そいつが消えたらまた自分が王様だ」、これが悪ガキの考え方なのである。体罰で彼らを成敗してもまた別のところで悪ガキになるだけだ。賢い方はもうお気づきだろう。なぜ日本は治安はいいのに冷酷な人が多いのかを。彼らが人前で悪を実行しないのは別に善意があるわけではなく、体罰が怖いから。「日本にルールが多い原因」で説明したが、日本人は善悪の基準ではなくルールだけに従って生きてる。だから誰も見てないところで平気で残酷なことが出来るのだ。つまり体罰は必ずしも正しい防止策ではないのである。悪事を他所に移すだけである。罰を下しても罪人は改心するわけではないし、承認欲が満たされない限り悪事を働き続けるだろう。日本社会では善人・悪人がお互いを力でねじ伏せる負のスパイラルが生じている。同じことが繰り返されるだけなのに。体罰が正しいという時代遅れな思考を今でも信じ続けてるのだろう。だからヤクザとか暴走族みたいな集団が出来てしまうのかもしれない。彼らも同じゴミ国家日本の被害者だというのに。勘違いしないでほしいが私は別に彼らを無罪だと言ってるのではない。ただ、愛情に満ちた環境で育っていれば別の人間に慣れたと言っているのだ。悪人に一番必要なのは体罰よりも愛と説得なのだ。

とにかく。なんでも処罰で解決しようとしてるこの国の方針では悪人が更生することもないし、反省もしないだろう。規則がますます厳格化するこの国がいずれ隣国みたいな独裁国家にならないことを祈るべきである。

2022年10月1日土曜日

差別国家日本に観光客が多い理由

日本は世界的に見ても差別が多い国であるがその事実を否定する輩がいる。そいつらの言い分は「日本は外国人観光客が多いから差別は少ないはず」。確かに差別国家なら外国人観光客はもっと少ないはず。では日本は差別が少ない国なのか・・・・・?実はこれには大きなカラクリがあるのだ。

そもそも観光客は観光地に行く。観光地に住んでる人はいろんな人種と接するのに慣れてるし、観光客はお金を落としてくれるので雑に扱うわけがない。しかも日本には「お客は神様」という文化がある。客のためならこの身を削ってでも歓迎する。それが日本のやり方である。どんな人種でも「お客さん」として来日するなら大歓迎なのである、儲かるから。だから日本に観光客が多いのである。決して多人種に寛容とかそういうのでは無い。単に「金」のためである。しかし外国人観光客の多くは日本の文化にそれほど詳しくないので「日本人は外国人に優しい」と勘違いしてしまうのである。それを聞いた日本人も思い上がって「日本は差別が少ない国」と誤信するのである。これが差別国家日本に観光客が多い真の理由だ。

日本に外国人観光客が多いのは日本人が寛容だからではないし、優しい訳でもない。金儲けという実に日本人らしいせこい考え方である。日本人は観光客の数字で日本は差別が少ないと訴えるが、それなら日本より観光客が多いアメリカ、フランス、中国はさらに差別が少ないということになる。そんなことにも気づかないとは実に日本人が単純な思考の民族であるということが改めて認識できる。